彦一コマ彦一頓智小話に起縁する「彦一コマ」肥後八代の産頓智者彦一については沢山の小話があるが人をダマス狸も彦一に逢うては手も足も出ず遂に彦一の家来となって従順したという……この有名な小話を作品化したものである。 「彦一コマ」の光栄皇后陛下初め皇太子並に妃殿下高松宮殿下三笠宮殿下の御買上の光栄を蒙り県主催郷土展(昭和二十七年)に於て最高の知事賞を受く。彦一頓智小話の一つ彦一がある朝、畑の見廻りに行ってみると、自分の畑に石コロを一パイ投げこんである。これを見た彦一「これは有難い。石肥三年と言って三年は肥料を施らんでもよい。馬糞はクソヤケと言って畑がやける。馬糞でなくてよかった。」と繰返し繰返しわざと声を出して喜んで帰った。所が翌朝其畑に行って見ると、石コロは全部拾い上げ、その代り馬糞を一パイ施してある。彦一曰く、「困った困った、折角石コロを入れて貰って喜んでいたら馬糞と入れかえてある。多分狸の仕業だろう。困ったことをしてくれた。」と、わざと困った様子をして帰ったという。熊本県八代郡宮原町 井芹 勉
不思議な箱
ある日、村の庄屋様が外出から戻って来ると、庄屋様が大切にしていた壺が壊れていた。壺を壊したのは、庄屋様の屋敷で働いている使用人の誰かに違いないと思われたが、使用人たちは口をそろえて「壺を壊したのは自分ではない」と否認。困った庄屋様が彦一へ相談に行くと、彦一は「すぐに犯人を見付けてみせよう」と言う。しばらくして、彦一が神社の神主を連れて庄屋様の屋敷にやって来た。庄屋様と使用人たち一同の前で、彦一は古ぼけた箱を見せ、「この箱は、昔から神社に伝わる不思議な箱だ。自分の名前を紙に書いて、この箱に入れ、神主が祝詞を唱えると、紙に書かれた名前が全部消えてしまうが、悪い事をした者の名前だけは消えずに残る」と言うので、使用人たちは紙に自分の名前を書いて箱に入れた。
そして神主が祝詞を唱えた後に箱を開けると、名前が消えている紙はたった一枚だけだった。
「一人を除いて全員が犯人ということか?」と庄屋様が彦一に尋ねると、彦一は首を振って、「この箱は不思議な箱でも何でもない。ただ、悪い事をした者の名前は消えずに残ると聞いて、不安を感じた犯人だけが最初から名前を書かなかったのだ」と説明した。そこで紙に書かれている名前をよく調べると、平助という使用人の名前だけが書かれていないことが判明し、平助も観念して壺を壊した事実を認めたのだった。
天狗の隠れ蓑
彦一話を代表する説話。彦一の家の近くの山に住んでいる天狗は、着ると姿を消すことのできる隠れ蓑を持っていた。彦一は天狗の隠れ蓑が欲しくてたまらなかった。そこで彼は知恵を働かせ、竹を一本切り、あたかも遠くを眺めているかのような仕草をする。それを見ていた天狗は「それは何か」と尋ねたところ、「これは遠眼鏡じゃ。遠くにある物、何でも見えよる」と言い返す。譲ってくれと天狗は頼むが、彦一は譲らない。それならば隠れ蓑と交換してくれと天狗が言うと、彦一はすぐさま竹筒を手放し、素早く隠れ蓑を身に付けてしまった。一方、竹筒を覗いても何も見えず、騙されたと知った天狗は怒るが、既に彦一の姿は見えなかった。
彼はまず家に帰って妻を驚かせ、調子に乗った彦一は悪戯を思いついては実行し、酒屋に忍び込み、好物の酒を大量に呑んでしまう。そして彼は酔っぱらい、家に帰るや熟睡してしまった。その間に、妻が蓑をがらくたと勘違いして竈(かまど)で燃やしてしまう。目を覚ました彦一は蓑がないので妻に問いただし、「蓑は燃やした」と言われてびっくりするが時既に遅し。しかし、試しに残った灰を体に付けてみたところ、ものの見事に姿を消すことが出来たので、彼は喜び、懲りずに再び酒屋に駆け付けた。しかし、今度は酒を呑んだことによって、口の部分の灰が剥げてしまい、彦一の口だけが空中に浮いている形となった。それを見て「お化けだ!」と驚いた酒屋の主人に追い回され、最終的に彦一は川に落ちて灰が全部流れ、みっともない裸をさらしてみんなの笑い者になってしまったのだった…